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第7回ワークショップレポート [稽古予定]

早いもので西田先生のワークショップも、もう7回となりました。

今回は某中学校の演劇部の顧問の先生と生徒さんが参加してくれました。

演劇の顧問の先生は、新たに仲間に加わった藤井さんの幼馴染みなのだそうです。

演劇部は現在部員が1人きりだそうです。そこで何か学ぶことがあればとワークショップに参加したとか。
11月は1人芝居で大会にも参加するそうです。このワークショップで学んだことを生かしてきっといいお芝居を作り上げることでしょう。来年度は部員が増えるといいですね。がんばってください。

まずは、いつものストレッチから。
今回はいつも以上に細かく一つひとつのストレッチのやり方について先生から指示がありました。主にゲストのためでしょう。先生の細やかな心配りです。

次は呼吸と発声。
こちらも途中に先生から詳しい解説があり、時間をかけてじっくりやりました。
特に、各々が元気で伸びのある声を出すこと、全体としては声の高さを揃えるように指示がありました。
最後はいつものように先生のリードで「ういろう売り」をやりました。

〇講義 演出の役割について

演出家や作家といっても別に偉いわけではない。役者と対等である。役割が違うだけだ。

映画では監督が絶対であるから、脚本に手を加えることも当たり前だが、芝居の場合は演出家が台本をいじることはしない。作家の創造性を損なうことになるからだ。芝居の台本、つまり戯曲もまたひとつの文学なのである。

また、演出家は役者の演技の悪い点を指摘する。誉めることはめったにない。だから偉そうに思われるかもしれない。しかし、それはオーケストラの指揮者と同じように、アンサンブルが悪いからそれを修正しているのだ。

最近、ある演出家と話した時に「若い役者は指示を待っている傾向がある」と言っていた。

本来、役者は演出家に指示される前に、自分が持っているものを出し合って芝居を作るのであり、演出家はそのバランスやアンサンブルを整えて、どうすれば芝居の内容を最も効果的に観客に伝えるられるかを考える。

だから、役者が演出家に厳しい指摘を受けるのは、自分の持っているものを出し切れていないか、あるいは出し過ぎてバランスやアンサンブルを乱している時だ。

もちろん、演出家、作家、役者はみんな対等であると言っても、キャリアや人生体験などによって思い入れや考えの深みなどが違うことはある。それらを尊重し合いながら、芝居に取り組むべきである。

(感想)いつもながら含蓄のあるお話です。
特に「指示待ち」というのは劇団の課題のひとつですね。各々が長いキャリアを持っているのに、自分らしいものをなかなか出せないのがもどかしい。それでも、みんなやっとセリフが入って来たので、これからはセリフの呪縛から逃れて自由に芝居ができるはずです。先生、もう少し待ってくださいね。

〇演習 『笛』  田中千禾夫

「この演習は皆さんが今取り組んでいらっしゃる芝居の稽古の参考になるはずです」という先生のお言葉で演習がはじまりました。

田中千禾夫(たなかちかお)さんの『笛』をテキストにした演習です。

『笛』の初演は昭和29年、演出は千田是也さんだったそうです。

この芝居の特徴は、舞台上に簡単な応接セット(机、イス、ソファー)と2階に見立てた脚立があるだけで、それ以外はすべて役者の無対象演技(パントマイム)で処理されることです。ほぼ素舞台ということですね。

あらすじは、東京に住む普通の家庭(祖母、両親、雑誌記者の長男、大学生の次男と長女)のおばあちゃんが宝くじに当選し、その当選金百万円をめぐる騒動を描いた喜劇です。
「笛」は芝居の中盤に出てきます。少し天然ぼけの母親が当選金を運搬中に襲われたら吹こうと準備したものです。特に危険でもないのに何度が吹く場面があって、パニック状態にある人間の心理をコミカルに表現しています。

演習では、冒頭の祖母(あさ)と次男(茂美)、長女(咲子)が両親が取りに行った当選金を待つシーンを使いました。

まず、座っている順に人物に関係なく回し読みをしました。
事前に先生から次の3つの点を考えながら読むように言われました。

①どういうできごとなのか。
 →ごく普通の家庭の祖母が宝くじで百万円に当選する話。結末まで読むと祖母は百万円を誰にも分け与えるつもりはなく、逆に次男(後から登場する両親と長男も)は祖母の当選金は自分たちのものだと思い込んでいる。長女は好物のショートケーキなどをプレゼントして末っ子らしく祖母にすりよっている。
②どういう状況なのか。
 →祖母と次男が今か今かと両親の帰りを、つまり当選金の到着を待っている。そこへショートケーキを持った長女が帰ってくる。長女もまた祖母にすり寄ることで当選金のおこぼれにあずかろうとしている。見え透いた作戦だが、祖母は満更でもない。
③どういう働きかけをすれば相手のセリフを引き出せるか。
 →セリフによって相手の内面に働きかけ、次のセリフを引き出すために仕掛けていく。仕掛けることによって、あるいは仕掛けられることによって、人物の性格やおかれた環境なども見えてくる。そうやって役のイメージをふくらましていく。

1回目が終わってから、一つひとつのセリフについて先生から問いかけがありました。

 以下、先生とのやりとりをまとめてみました。記憶の曖昧なところもあり、勝手に付け加えたこともあります。 間違いがありましたら、参加なさっていた皆さん訂正をお願いします。

 セリフはアンダーライン、青文字。「・」は受講生の答えや感想です。

先生からの問いかけ1

冒頭、口でジャズを吹きながら、1人で悦に入って踊っている次男(茂美)にかけて、

あさ 飽きずにやってなさるね。

という祖母(あさ)のセリフがあるが、これはどういう気持ちで言っているのか。

受講生の答え

 ・けして孫の行為を肯定するセリフではない。皮肉である。
 ・そんなくだらないことをまだやってるのかい。親のすねをかじってるんだから、少しは勉強でもしなさい。
 ・当選金がなかなか届かないことへの苛立ちと不安を孫にぶつけているとも言える。

確かに苛立ちや否定的な気持ちを強調してこのセリフを言うと、次の茂美の反応がはっきりします。

あさのセリフに対して茂美の反応は、

茂美 (見れば分かるでしょう、と、なお調子を上げる)

セリフではありませんが、「うるさいなあ」という思い(後のセリフであさの訪問が3度目であることがわかります)が、あさのセリフによって立ち上がります。実は茂美自身も当選金の到着を今か今かと待っていて、その苛立ちを抑えるためには踊っているのかもしれません。

先生からの問いかけ2

あさ 大学とは大いに学ぶところじゃからのお。

このあさのセリフはどんな気持ちからか。

受講生の答え

 ・これも皮肉なセリフ。
 ・自分に対する茂美の冷淡な反応に、日ごろ感じている家族への不満がこみあげる。  
 ・家族の中での自分の復権に役立つであろう当選金がなかなか届かないことへの苛立ちがさらに募っている。
 ・これらの思いに加えて、この大事な時に、大学生のくせにジャズにかぶれて(あとのセリフから茂美はベニー・グッドマンのスイングジャズにはまっているらしいことがわかります)チャラチャラと踊ってばかりの孫への苛立ちがこんな皮肉なセリフを吐かせた。 

先生からの問いかけ3

あさのセリフに対して茂美は、

茂美 (以下、踊りを止めず)そう。

と返すが、これはどんな気持ちからか。

受講生の答え

 ・あさの皮肉を余裕で受け流しているように見えるが、実は茂美もあさの皮肉なセリフに相当苛立っている。
 
この茂美の態度(セリフ)が一層あさの苛立ちを募らせて、次のようなセリフを吐かせます。

あさ お爺さんが生きて居んなさったら、ただじゃすまんね。お前たちのお父さんと来たら全くだらしがなか。

ちなみに田中千禾夫さんは長崎県の出身なので、あさの使っている言葉は長崎県の方言ではないかということでした。よく耳にする鹿児島県の言葉にも似ています。

先生からの問いかけ4

このセリフから分かることは何か。

受講生の答え

 ・あさの夫がすでに他界していること。生前の夫はこの家庭の中心であり、封建社会での家長らしく家人らに畏怖される存在であったことがわかる。
 ・音楽にかぶれて学問をしない孫を夫だったら許さないだろうと言うのである。明らかに虎の威を借りたセリフであるが、夫がなくなって権威を失墜しているあさの状況も見えてくる。
 ・恐ろしい祖父が亡くなると家人たちはあさを隠居部屋に閉じ込め、孫たちまでがあさを冷たくあしらう。このことにもあさは日ごろから不満なのである。
 ・本来なら夫に代わって家長として君臨し、あさを立て、孫たちを厳しくしつけるはずの一人息子がだらしないことへの不満もある。

これらのあさの中の不満や苛立ちが茂美の態度によって引き出されます。逆に言うと、茂美役の役者が引き出すようにセリフで仕掛けていかなければならないということです。そして、このセリフを辛辣に言うことによって、次の茂美の反撃を引き出すことにつながります。

実は一人息子の「だらしなさ」は戦後、新憲法下の日本の家庭の変化、民主化の大きな流れの中のひとつの現象でもあるのですが、あさはそのことに気づきません。しかし、若い茂美は非民主的な旧憲法下の結婚という制度そのものに疑問を持っているので、唐突に次のようなセリフを言います。

茂美 (あさの近くに踊って来て、やはり続けながら)おばあさまは、お爺さまを愛してらしたんですか。 あさ (答えず) 茂美 今の女だったら、生活費をとって、さっさと別れてるところですね。

先生からの問いかけ5

茂美の2つのセリフに込められた気持ちは。また、答えないあさの気持ちは。

受講生の答え

 ・茂美は生前の祖父のあさに対するひどい扱いを見ていたはずである。そんな暴君の夫と(おそらく)見合い結婚したあさに夫への愛情があったのか。これは確かに茂美が以前から持っていた素朴な疑問であった。
 ・しかし一方、このセリフはあさが茂美を批判するために、祖父を引き合いに出したことへの反撃である。あさの辛辣な皮肉が茂美の内面の疑問を引き出したとも言えるだろう。したがって、問いとして発するというより皮肉な言葉をやり返すのだ。
 
 ・あさは茂美の思いがけない反撃に沈黙したのか。
 ・あるいは、すでに皮肉の応酬が無駄であることを感じているのか。
 ・少なくとも、茂美のセリフが答えを求めて発せられたのではないことをあさは感じているはずだ。だから答えない。

 ・茂美の2つ目のセリフは、夫の横暴に我慢などしない戦後の女性たちの考え方を反映している。
 ・また同時に、事前に愛という言葉を発しながらも、この時代の家族が実は金銭(生活費)でしかつながっていないという自分の認識を露呈してしまっている。これは宝くじの当選金をめぐる家族の諍いへと関係していく。
 ・辛辣な皮肉と苛立ちはここに極まる。
 
愛がなければさっさと生活費をとって別れてしまうという茂美の考えを聞いたあさは、次のように言います。

あさ (冷静に)今の人は、人格を尊敬するということを知らん。愛とか何とか、表向き口に出していえぬことをいいさえすればよかとじゃ。ふむ。これ……まだかね、お父さんは。

先生からの問いかけ6

このセリフにこめられたあさの気持ちは。

受講生の答え

 ・戦後の若い人は西洋の考えにかぶれて気軽に「愛」という言葉を口にするが、人を愛するということは心の奥に秘めているものであって、表向き口に出して言うようなものではない。言葉にするから軽くなって、相手の人格を尊重するという本来の「愛」を見失ってしまっているのだ、というあさの考えが分かる。
 ・これは「愛」という移ろいやすい概念にとらわれているために、「愛」を見失うと金銭でしかつながりを感じられない茂美と家族、そしてこの時代の若い人々への鋭い批判である。

 ・「ふむ」は(冷静に)と呼応している。金銭が家族の唯一のつながりならば、その金銭を手に入れた人間が最も偉いわけである。当選金は自分のものであるという確信が、あさを冷静にさせ、「ふむ」という形で茂美への批判を納めさせる。今に吠え面かくなという思いが込められている。

 ・したがって、当面の問題は当選金を持ち帰ることになっている「お父さん」である。また、さっきまでの不安や苛立ちが甦る。

茂美 もうすぐですよ。うるさいな。これで3度目じゃないか。隠居部屋に待ってらっしゃい。おとなしく。

先生からの問いかけ7

このセリフには茂美のどんな気持ちがこめられているか。

受講生の答え

 ・このセリフで、初めて茂美の「うるさいな」という思いが表面に現れる。「3度目」と祖母のしつこさがはっきりと示される。観客は茂美の反応の冷淡さの理由を知るのである。
 ・「隠居部屋に待ってらっしゃい。おとなしく」という言葉から、あさを日ごろ家族がどう扱っているかわかる。祖父がなくなったと同時に隠居部屋に葬られたあさの不満が見えてくる。家族内での実権は息子に移ったのであるが、その息子はふがいなく、妻や子供たちにも軽く見られている始末。だからこそ、あさは当選金をもとに家族内での復権をもくろむのである。

実際にはもう少し先までやりましたが、割愛します。

この読解をふまえて3度ほど回し読みをしました。茂美のセリフは男性が交替で、あさやこの後出てくる長女咲子
のセリフは女性で回して読んでみました。すると明らかに、それぞれのセリフの意味合いがはっきりとして、相手に何を訴えかけているかが見えるようになりました。

しかも、セリフの解釈や仕掛ける方法は1つではなく、いくつかの可能性があることも分かってきました。

今さらですが、このように丹念にセリフのやりとりを読み込むことが演技をはっきりさせ、相手役との間に確かなつながりを生みだすことに驚かさせました。

「今回の作品もこのように相手役にセリフで仕掛けることを試してみてください」という先生のお言葉でワークショップは終わりました。

いつもながらとても参考になりました。ありがとうございました。

演劇部の中学生さん、顧問の先生お疲れ様でした。ぜひまた遊びに来てくださいね。


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