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第6回ワークショップレポート [稽古内容]

西田了先生の演劇ワークショップ、第6回レポートです。

7月17日(日)13時~16時
四街道公民館和室

今回は某高校演劇部の部員が2人参加してくれました。

まずはいつものように準備運動、ストレッチ、それから呼吸、発声。
「ういろう売り」と「魚鳥木(ゲーム)」もやりました。

演習1 歩く

これは初めての演習です。
2人ひと組で部屋の端から端まで歩きます。最初は前後に並んでいます。あまり間隔は開けません。
「自然に、でもかっこよく」と先生の指示。
何度か繰り返した後で、2人並んで街を歩きます。声は出さずに、でも交流しながら。これも何度か繰り返します。

次に500円玉を拾うという課題です。
2人で道を歩いていると、1人が落ちている500円硬貨を見つけて拾います。
交番に届ける組、ネコババする組、一度拾ったのに元あった場所に戻す組と対応は様々です。高校生の2人は拾った500円玉を側溝に落としてしまいました。すかさず劇団員の1人にそれを拾うように先生から指示がありました。重い側溝のフタを開けて拾っていました。
現実には500円玉を拾う機会はそうありませんよね。でも、全くないとは言えません。誰もが一生に何度か遭遇しそうな好運をどう受け止めるか。これをリアルに演じるのって、結構難しい。ひとりならなんとかなりそうですけど、ふたりとなると相手の反応にも影響されます。

皆さんならどうしますか?

最後に男2人でやってみたものの、互いに拾った500円玉を押し付け合って終わってしまいました。

「まずはどこに向かって歩いているのか、それをはっきりさせることが必要です」と先生の批評。

この演習は何度か続きそうです。

演習2 感情表現トレーニングⅡ

これは前回やった演習の続きです。テキストが変わり、Ⅰのテキストよりも課題数が多く、また難しくなっています。

(落ち着いて)(男)別にむだなことをしたとは思わないよ。
(女)別にむだなことをしたとは思わないわ。

前回と同じように、最初の( )の中の心のあり様が見えるようにセリフを言います。例のように性別によってセリフが異なる場合もあります。

順番に課題を1つずつやっていきます。考えている時間はないので、直感的にセリフを言うことになります。1人につき3つないし4つの課題が回ってきます。これを2周繰り返しました。同じ課題を2度繰り返しやるところがポイントです。さらに何度か繰り返すと、感覚だけで何となく言えていたセリフが、みるみる新鮮さを失っていくのが実感されます。

「感覚だけでやっている人は必ず行き詰まります。ダメを出されても、何をどうすればいいか分からないからです。状況を設定して積み上げている人は、ダメを出された時に設定した状況の何が間違っていたか検証して、修正することができます」

先生がよくおっしゃることの一つです。「感覚」で演じるというのは「つもり」の演技にも通じることだと思います。最初に感覚でうまく出来たと思っても、その感覚は繰り返しの稽古の中で必ず錆びてしまいます。新鮮な感覚を失った演技は、ただの抜け殻に過ぎません。それを繰り返しても形を繰り返すだけのやっている「つもり」の演技になってしまいます。

では、新鮮さを失わないためにはどうすればいいのでしょう?

細部まで漏れなく状況を作り上げて、その器の中に常に新鮮な感覚が溢れるように演じることでしょう……と思うのですが、どうでしょう?

途中で先生からワークショップ初参加の高校生に向けて「セリフの中のどの言葉を立てて言うかを考えること」と助言がありました。私たちがこれまで何度も言われてきたことです。

高校生は素直にセリフの言葉を立てて言いました。それに対して、
「ちゃんと言葉を立てて言っているが、音域が狭いので際立たない。そのために発声のレッスンがあるんです」と先生のお言葉、さらに、
「人のセリフをよく聴いて参考にするといい。自分ではやっているつもりでも、出来てない人が多い」

(あれ?これって実は私たち劇団員へのご批判かあ?なかなか先生の要求する水準に達せず、「つもり」の演技に甘んじている私たちへの厳しいご指摘なのかあ?)

講義 言葉と感情(今回のまとめ)

もし自分だったら……と考えてみる。もし自分だったら、どんな目標・目的を達成するために「落ち着いて」セリフを発するのかを想像する。

登場人物は虚構の世界を現実の世界として生きている。虚構の世界でのセリフも、現実の言葉のように発する必要がある。そのために「もし自分だったら……」と考えてみる。

具体な表現方法としては、まずセリフの中の力点(どの言葉を際立たせたいか)を意識し、強調する。ただし、単に機械的に強調するだけではなく、強調するための必然性、つまり、どんな感情のふくらみがあって強調するのかを考える。

ただし、音の変化がないと感情のふくらみが見えてこない。そのために発声などの基礎訓練を重ねて、声の音域を広げるなどの表現力を身につける。 

表現力をつける、すなわち言葉の表情を豊かにするには、声の大小、強弱だけでなく緩急も大切。ただし、技術だけでなく感情の流れをつかむこと。

ラジオドラマは暗示芸術である。すなわち、どうやって言葉だけでリスナーに人物の感情の変化をイメージさせるかが課題。俳優が言葉の表情を十分に伝えられないと、リスナーはストーリーだけを追い始め、本の良し悪しだけが問題なる。だからと言って、あまり作りすぎると面白くなくなる(最後の付け足しは、土曜日に私たちが演じた朗読劇への批判だと思います。ちょっと作りすぎだったかなあ)

詩の朗読も、あまり抑揚をつけずに平坦にやった方がいいという人と、いや詩に込められた感情をたっぷりと表現した方がいいという人がいる。どちらが正しいかは一概に言えないが、詩人が自身の詩を朗読すると、へたくそなのに言葉がしっかり伝わってくる。そういうことから考えると、へたな抑揚つけて作るより、言葉をしっかり伝えることが大切なのかもしれない(いやいや、これもまた私たちへの朗読劇への批評なのでしょうか。大げさな感情表現に偏って、言葉に込められた感情のふくらみをしっかり伝えられていなかったんですね。トホホ)

詩人と同じように、戯曲の作家自身による「本読み」も、下手だが伝わるものがある。その後、「読み合わせ」で議論してしっかり作り上げるといい。
芝居は機械的だとマンネリ化する。工夫をすると面白くなる。
また、格好良くやろうとすると、のめり込んでやっている人とかみ合わなくなってしまう。言葉が生かされていれば、動きも自然にできてくるものだ。
なぜ「落ち着いて」なのか、相手は誰で、どういう状況なのかを考える。
芝居とは、人間を作る作業だから細かいところまで神経を使う。ノートを取ることも必要。
(高校生に)たくさん本を読むといい。

以上、今回も楽しく、また充実したワークショップになりました。高校生が参加してくれたこともあり、先生も張り切っていらっしゃいました。


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7月です。 [クロスロード]

もう7月も12日ですね。

7月からは台本を外しての本格的な立ち稽古のはずが、私も含めて半数ほどのキャストはまだ台本を離せません。

しかも今週末は「濯ぎ川」の発表があります。台本を持っての朗読とはいえ、すでに何度か稽古を重ね、それなりに緊張もしています。

今月中にはチラシの原案も作らなければならないし、だんだん追い詰められてきました(焦)

仕事を持ち、家庭を持っている人間が、さらに欲張って芝居をするには、周囲の理解が不可欠です。いや、主婦の団員やすでに退職した団員も、やはり周りの人に気を遣い、家族や友人に支えられて芝居をしています。アマチュアで芝居を続けられるのは、本当にラッキーなことなんです。

人生は一度きり、皆さんもこのラッキーを味わってみませんか。